「社会福祉法人ロザリオの聖母会」理事長あいさつ
(2019年度入社式・辞令交付式より)


社会福祉法人ロザリオの聖母会
理事長 石毛敦

 

 2019(平成31)年度入社式・辞令交付式にあたり、ひと言ごあいさつ申し上げます。

 新入職員の方、入職おめでとうございます、心より歓迎致します。そして、昇進されたみなさん、おめでとうございます。

 私も皆さんと同じく、本日付で理事長に就任致しました。そういう意味では、皆さんと同じ1年生でありますし、異動対象者であります。

 新入職員さんは配属された部署が自分の思い描いていたものと少し違うと感じることがあるかもしれません。異動対象者の職員さんには、それぞれの思いがあろうかと思います。でもそれは単なる入り口にすぎないと思います。

 立場や環境の変化の際には、今後に待ち受ける未体験の出来事をあれこれ想像して、戸惑うことも多いと思います。

 就職や人事異動など職場や生活環境が変わる際には、これまで得たものを失うことははっきりしているのに、これから得られるものはうまく想像できないために、一般的に人は戸惑いや不安を感じるそうです。

 このことは人生一般に通じることで、人は一瞬一瞬、今現在を失いそれが過去となり、先の見通せない未来にこの身を委ねて行きます。

 「人事を尽くして、天命を待つ」と言う言葉がありますが、

 これからのことをあれこれ想像することよりも、これから自分に与えられる目の前の職務を精一杯誠実に取り組む事が人の全てと考えます。これから、様々な苦しみもあるとは思いますが、苦しみを乗り越えたところに本当の喜びもあります。同じ1年生同志、これから頑張って行きましょう。

 さて、ロザリオの聖母会は1931年(昭和6年)にカトリック司祭で外科医師でもあった戸塚文卿神父がナザレトハウスと言う結核療養所を東京市外荏原(現在の品川区荏原)から矢指村野中(現在の旭市野中)に移築したことを起源とします。

 その後、土地の買い増し、外気小屋、レントゲン施設を建設、1938年(昭和13年)には付属聖堂(現在の戸塚記念館)が完成し、これを以て一連の建設工事は完了しました。

 1945年(昭和20年)には太平洋戦争の戦況悪化により病院閉鎖を決定し、同年5月には日本医療事業団に売却しました。

 戦後の1947年(昭和22年)には聖フランシスコ会(カトリック修道会)司祭の稲用経雄神父の提言により、宗教法人「聖フランシスコ友の会」が日本医療事業団から海上寮を買い戻しました。この宗教法人は小原ケイ初代理事長が稲用神父の指導と協力の下、設立した法人で、この法人が1952年(昭和27年)に社会福祉法人ロザリオの元后会として改組されて、小原ケイ、中澤喜み子、和田ハツ江、長岐久子の法人創設者が中心となり新制法人として再出発しました。

 1956年(昭和31年)には海上寮療養所に精神神経科を併設、1971年(昭和46年)には結核病棟を廃止、精神神経科の病院となりました。

 その後は、1988年(昭和63年)聖母療育園開設、1989年(平成元年)「ロザリオの元后会」から「ロザリオの聖母会」に改称、1991年(平成3年)聖マリア園開設、1994年(平成6年)聖家族園開設、その後の入所、通所、グループホーム、相談事業所の開設と現在に繋がる本会の施設群が完成しました。

 このように創立以来一貫として、カトリック精神・キリスト教精神で運営しております。

 小原ケイ初代理事長は創設者の戸塚神父様の精神を受け継ぎ、カトリックの信仰を経営理念として、いつも御聖堂を中心とした考えを持っていたそうです。

 創設者を始め先人たちの「光の当たりにくい人々と共に歩む」という理念が脈々と受け継がれています。これは一般的な言葉に置き換えると「キリスト教的な愛」となりますが、この愛とは「いのち」を大切にすることだそうです。

 本会は経営の母体がローマ・カトリック教会ですから、篤志家の方々が個人財産を出資して運営している他の多くの社会福祉法人にはない特色があると思います。

 その一つは利益追求が最優先事項ではない事、目の前の利用者さんに良いサービスを提供すること、これが最優先される法人です。かと言って累積赤字では運営自体が成り立たなくなり、本務とするサービス提供が出来なくなりますので、言うまでもないことですが、財務も同じ位に非常に重要です。

 法人創設者の一人である和田元理事長はこう仰っていました。「法人では創設以来、『光の当たりにくい人々と共に歩む』ことを心掛けてきました。収支に合う、合わないの観点から利用者を選ぶことはしない方針でやってきましたし、今後もこれは貫いていきたいと考えています。」

 人の精神や遺伝子の中には、困っている他の人に手を差し伸べると何ものにも替えがたい喜びが生じるようにプログラムされているように感じます。人助けに喜びが無いようでは、人類はとうの昔に絶滅していたと思います。

 その反面、人をイジメたり、苦しめたり、意地悪したり、悪口を言ったり、批判したり、裁いたり、嘘をついたり、されたことに仕返ししたりすると傷つけられた人以上に、心の深い部分で自分自身を深く傷つけることになるとも感じます。いわゆる「良心の呵責」と言うものでしょうか。

 医療・福祉職を志した皆さんですから、苦しんでいる人に奉仕したいという初心を忘れずに、先人達の理念や伝統を受け継いで、利用者さんや職員の「いのち」を大切にして頂きたいと思います。

 二つ目は良い意味での自由な雰囲気があることだと思います。キリスト教精神は何よりも個人の自由意思を重んじますし、権力や恐怖で個人の考えや行動を不当に支配したり制約することを何よりも嫌います。キリスト教が人権思想の発生の源とされる所以です。

 その一方、自由には必ず責任がついて参ります。自由と責任はコインの表と裏であります。自由に考えて行動した結果はその個人が負うこととなります。また、自由はいつでも放縦、放埓、勝手気ままさに陥る危険性と隣り合わせですし、与えられた自由を恐れることさえあります。

 自由と責任は表裏一体でありますので、職務上与えられた自由や裁量や権限を正しく用いて、利用者及び職員のために、「いのち」のために使って頂きたいと思います。

 最後に、新約聖書の福音書にこう記されています。「異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者のようになり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。」 「自ら高ぶるものは下げられ、自らへりくだるものは上げられる」

 この考え方を先人たちや歴代の理事長方々は日々実践されてきましたし、何よりも大切にしてきました。

 昇進した方も異動の方も新入職の方も、我々と一緒に本会の伝統としてこれを受け継ぎ、伝統を紡いで、次世代に引き継いで行きましょう。

 皆さんの入職と昇進・異動を心から祝福し、私からの歓迎の挨拶に代えさせて頂きます。

2019年4月1日